通勤路の線路わきの、低所得層が住む界隈に、こんな露店があります。果物を売る傍らで、ポテトチップスのようなスナックや飲み物や、ガスボンベもあるのでちょっとした小料理なども出していて、近所の工場の仕事帰りの労働者が立ち寄っています。中南米のどの国にもあるような風景ではないでしょうか。日本だったら、仕事帰りにちょっと一杯、といったところでしょうが、私は立ち寄ったことがないので分かりませんが、アルコール飲料ではないようです。そもそもこちらでは、残業の文化はなく、また仕事が終われば真っ直ぐ家に帰るのが普通です。
スペインに住んでいた時にスペイン人に、なぜ残業という文化がないのか聞いてみたら、カトリック教では、「労働」=「悪いことをした罰」という考えがあるので、あくせく働くのは罪滅ぼし的なイメージがあるからだ、とのことでした。また中世のヨーロッパでは、労働をしない王族がいて貴族がいて、使用人や農民、漁民、職人の労働で生活が支えられて優雅に生活していました。そうした貴族に反発してフランス革命が起こったわけですが、だからといって皆平等で国民服を着るような共産主義をめざしたのではなく、平民も貴族のように優雅に暮らしたいという思いが、今でもあるのではないでしょうか。あくせく時間外まで働くのは、昔の平民みたいで嫌、優雅じゃない、という考え方が、ヨーロッパや中南米の西欧系移民の人にはあるような気がします。
一方日本は、フランス革命が起こったころ江戸時代で、士農工商という考え方でした。一番過酷な労働の農民が敬われていて、昭和生まれの私は子供のころ母や祖母から「お百姓さんは偉いのよ」と教わっていたので、何世紀も前の概念が一般市民にしみついていても不思議ではありません。労働は美徳です。
中南米では、米国のようにダウンタウンに住んでいた黒人がいきなり金持ちになって、ビバリーヒルズの豪邸に住むようになるといったアメリカンドリームはありえません。お金がお金を生む経済構造になっているので、お金持ちは代々お金持ちで、低所得層はずっと低所得層のままです。純インディオ系や黒人系は、そもそも米国のように企業の中で昇進できない社会構造でもあり、殆どがいわゆる単純作業の労働者です。このレベルの労働者は残業すると残業代が出るため、残業は厭いません。むしろ物入りのクリスマス前になると、残業させてくれと言ってくる場合もありますし、夜間や休日に副業でUberの運転手をしたりしている人もいます。
南米の日本企業で、特に仕事もないのに毎日遅くまで残っている日本人がいました。残業代は出ない管理職です。その人になぜ遅くまで残っているのか聞いてみたら、「早く家に帰ると家事や育児を手伝わされるから」と言っていました。こういう人にとっては、コロナによる自宅勤務はいい迷惑なのではないでしょうか。
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