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7月, 2020の投稿を表示しています

幸せになれる子

「 8 月 1 日は国際ハッピーデー」、という記事をメキシコの新聞でみかけ、それは知らなかったので調べたら、コロンビア人の提唱で始まった日のようですが、実施している国は中南米を中心とする 14 ヵ国だけのようです。 「幸せ」の日というより、ニュアンスとしては「歓び」の日ですが、コロンビアに住んでいた時もそんなことは知らなかったので、他の実施している国でもあまり知られていないのではないでしょうか。   ただ今日は当地では、ハッピーデーにちなんで「幸せとは何か」に関する記事を、色々な新聞やメディアで見かけます。 有名人の幸せに関する名言集なども、たぶん毎年出てくるのでしょうが色々あって、一部を紹介すると、 幸せが与えてくれるものは富でも栄光でもなく、平穏と仕事だ。(トーマス・ジェファーソン) 成功とは、欲しいものを手に入れること。幸せとは、手に入れたものを享受すること。(ラルフ・ワルド・エマーソン) 幸せは、外に探しに行かなくても家の中にあった方が良い。(ゲーテ) 今いるところで君は幸せになれる。(ジョエル・オスティーン)   などなど。。。   一番最後のは、ジプシー生活の私にとっては戒めのような言葉ですが、日本人の名言を探して、それ以上にハッとする言葉に出会いました。   『幸せな子』を育てるのではなく、どんな境遇におかれても『幸せになれる子』を育てたい。 皇后陛下 美智子様(現在は上皇后さま) このお言葉を見て、ハッとするどころか、不覚にも涙ぐんでしまった私です。                                                                  男の子だったら、出世しなくてもいいから毎日幸せに暮らして欲しい、女の子だったら、金持ちじゃなくても幸せにしてくれる男性と結婚して欲しいと、親は誰でも思うでしょう。 そしてそう思うのは親だけで、本人たちは出世して金持ちになりたいと思うでしょうし、そうやって頑張ることは、それはそれで良いと思います。 ただこのお言葉にもあるように、子供に幸せになってもらうには、勿論運に任せるのではなく、また出世したり金持ちでなくても陽気ならよいというのでもなく、どんな境遇におかれても、つまり困難な状況でも幸せになれる子を育てるのが、親

リファレンスチェック

今年の 3 月初めくらいに、コロンビア時代の同僚で、1年以上前から奥さんと一緒に米国のシカゴに住んでいる求職活動中のコロンビア人から、履歴書に、組織図上では上司だった私を、リファレンス先に記載して良いかと連絡がありました。 彼が、私も勤めていたコロンビアの日本企業を辞めたのは、奥さんがシカゴの大学で仕事を得て一緒に行くことを決めたからで、仕事ぶりは全く問題なかったので、快諾しました。 彼は最初の 1 年くらいはシカゴで、働く奥さんのサポートも兼ねて主夫生活をしていましたが、 今年に入って本格的に就職活動を始めたようです。   こういうお願いをされたのは初めてではありませんが、彼のように事前に了承を得ないで、どうせ日本人に問い合わせすることはないだろうと勝手に私の名前を入れていた人は、いるかもしれません。 実際、応募者に関する問い合わせを受けたことは、一度もありませんでした。   が、先週シカゴのパブリック・ヘルス機関からメールがあって、リファレンス先として私が入っているので、彼との仕事上の関係や、彼の職務内容、長所短所、働きぶり、コミュニケーションスキル、対人関係、出勤率や遅刻などについて教えて欲しいと依頼されました。   それで各事項説明して、人柄やパフォーマンスは全く問題ないので推薦できますと返事をしたのですが、あまり長所ばかり連ねるのも信憑性を欠くかもしれないと思い、「敢えて欠点を言うとすれば、仕事に熱が入りすぎて、達成したことや今後の戦略などをとうとうと語るので、帰宅直前に彼に仕事のことを聞くのは止めた方がよいでしょう。」と付け加えておきました。 前の会社で彼を採用した際の面接では、ちょうど、後はホテルに帰って寝るだけという暇な出張者と一緒に面接したせいもありますが、延々 2 時間これまでの職務や実績を語られましたし、「私、もうそろそろ帰るけど」と前置きしたにも関わらず、「どお?うまく行ってる?」と聞いたばかりに、そこから 1 時間近く帰宅できなくなったことも何度かあるからです。   返事を入れてから彼に、「 XXX からリファレンス依頼されたから、返事しといたわよ」と連絡したら、「〇〇の方も連絡なかった?」と聞かれました。 じつは XXX は本命ではなくパートタイムのつなぎの仕事の応募で、○○の方が本命の

女性ライダー

メキシコの私が住んでいる地方都市は、前に住んでいたコロンビアの首都のボゴタ市に比べると、殆ど渋滞がありません。 ボゴタに住んでいた時に、ブラジルのサンパウロから出張に来た人にどの辺に住んでいるのか聞かれて、「歩いて 20 分、車で 1 時間のところです」と言ったら、妙に納得していましたので、南米の首都はどこも渋滞がひどいようです。 渋滞がないからだと思いますが、今住んでいる街では、バイクの数も少ないようです。 渋滞がひどい都市だと、車の間をスイスイ抜けるバイクの方が移動時間が短くてすむので、必然的にバイクが多くなります。 ただ、蠅のようにブンブン車道を走るバイクをすり抜けるように車を運転するのも、技術が要ります。 ボゴタである日、通勤途中に起こった出来事です。 信号待ちで、横断歩道から 2 番目の場所で青信号を待っていたのですが、前の車との間が少し空いていたので、つめようと車を少し前進させたら、右前方に停まっていたバイクをガリッとこする嫌な音。 後ろを振り返ったライダーが女性だったので、ほっとしたのも束の間。バイク通勤しているだけあって気の強そうな女性がバイクから降りて、「セニョーラ」と言いながら、私の車の前にたちはだかりました。 (この場合のこの正確な日本語訳は、「ちょっと、オバサン」です。) どうしてくれるのよ、と言うので、私が悪かったかとは思ったものの、「海外では、謝ると不当に賠償金を請求されるから、ごめんなさいとは言わないこと」という昔聞いた戒めが頭をよぎり、「でも動くでしょ」と開き直ったら、不服満々の顔で、私が逃げないように車のまん前にオートバイを引っ張って行き、エンジンをかけました。 車体はピンクで、花柄のペイントがしてあり、そこにやっぱり少しだけ、かすった跡がついていましたが、エンジンはちゃんとかかりました。 少しほっとして、「ほら、少し傷がついただけじゃない」と言ったら、「その傷をつけたのは、あんただよ」と、お~怖。 その間、信号待ちの人から一斉に注目され、後ろの車からクラクションを鳴らされ、生きた心地がしなかったのですが、彼女が言う傷の修理代を渡して、その場をおさめました。 修理代は、とてもリーズナブルな金額だったのですが、花柄のオートバイはあまり見たことがな

お気に入りグッズ

これ、何かわかりますか? 背景にナイフとか木べらが見えるので、台所で使うものだと察せられるのではないでしょうか。 メキシコに来たばかりの頃にウォールマートで買った私のお気に入りですが、最近全く見かけません。 あの時買っておいて、本当に良かったと思っています。 このカエルちゃんは、鍋を半開きにして調理する時に、こうやって使います。 鍋の蓋を半開きにして調理する時は、間に何かはさまないと蒸気の力で蓋が閉まってしまったり、大きいものをはさむと蓋が鍋から落ちてしまってイライラすることがあるのですが、これで解消です。 しっかり鍋の中身も見張ってくれているようで、一仕事終えた後に鍋からはずすと、蒸気でぐっしょり汗をかいています。 ゴム製です。

日常の経済指標

コロナで世界中の経済が落ち込んでおり、経済指標からみると 1930年台の世界大恐慌以来、バブル崩壊やリーマンショックを超えて戦後最悪のようですが、 今回のコロナショックは日常生活に直結して、皆がなにかしら我慢をしている状況であり、航空会社や飲食店、観光業、アーチストの経済が非常に苦しくなっているのは、小学生でもわかりそうです。 それに比べて例えばリーマンショックは、なぜあんなことが起こったのか、最近高校生の息子に聞かれてうまく説明できず、分かったようでよく分かっていなかったことが分かりました。 リーマンショック時はコロンビアで営業をしていたのですが、リーマンはその後の何年かも含めて、売り上げが伸びず予算未達の時の言い訳に使っていたのが現状です(笑)。 正直なところ、「リーマン」と知ったかぶりに言えば細かい説明は不要で、あまり深く考える必要に迫られていませんでした。 4月以降の報道では、メキシコの2020年の経済成長率は、JP モルガンやIMFは マイナス 10.5%、世銀はマイナス7.5%、 一方メキシコ中銀はマイナス8.7%からマイナス4.6%、財務省はマイナス3.9%~+0.1%と予想しています。 マイナス10.5%からプラス0.1%まで大分差がありますが、これがマイナス10%になってもプラス0.1%なっても、庶民の生活は大きくは変わらないのではないのではないでしょうか。 こんなことを言うと、経済学を勉強した人からは、フンと笑われそうですが。 経済指標のなかで庶民に一番分かりやすいのは、インフレ率です。 メキシコの過去12か月のインフレは3.33%と比較的落ち着いていますが、この数字は、普段のスーパーでの生活必需品の買い物で最後にレジで払う合計金額からみて、納得できる数字で違和感はありません。 ただメキシコで違和感があるのが、ペソ安の影響です。 メキシコでは、今年2月に20%もペソ安になり、今も昨年に比べて10%安前後となっています。 これまで南米で、資源を輸出して工業製品を輸入するパターンの国々に住んでいたのですが、為替はインフレに直結していました。 ドル高になると、普段スーパーで買っている輸入品の値段がすぐ上がるからです。 また、原油価格上昇や国の補助金削減などでガソリンの値段が上がるとすぐ

セニョーラ?セニョリータ?

スペイン語が出来ない人も、「セニョーラ」は英語のミセス、フランス語のマダムで既婚の女性。「セニョリータ」は英語のミス、フランス語のマドモアゼルで未婚の女性だということは、ご存知なのではないでしょうか。 なぜ女性だけこのように既婚と未婚を区別するのかという疑問もなくはないですが、いまどきはそうきっちりと、未婚か既婚かで使い分ける必要もないようです。 初めて会った女性に、どういう敬称をつければ良いのか几帳面に悩む日本人男性も多いようで、指を見て結婚指輪をしていればセニョーラ、していなければセニョリータと呼んでみるとか、ずばり「え~と、すみません、セニョーラですか?セニョリータですか?」と聞く男性もいます。 が、ラテンでは一般的には、既婚・未婚に関係なくセニョリータは若い女性、セニョーラは中年以降の女性を指すので、女性にとってはセニョリータと呼ばれれば若く見られたと思って単純に嬉しいし、いきなりセニョーラと呼ばれると「そうか」とちょっと複雑な思いになる、とずっと思っていました。 私はスペインに住んでいた時はまだ若く、東洋人は実際の年齢より若くみられるせいもあって、ほぼいつもセニョリータと呼ばれ、どう呼ばれるかを気にしたことはありませんでした。 たまに市場で買い物をすると、セニョーラと呼ばれることもありましたが、たぶん市場で買い物をするのは独身女性ではなく主婦だろうから、市場にいる女性はみなセニョーラと呼ぶのだろうと思っていましたし、実際私より若そうな女性に対しても、お店のおじさんがセニョーラと呼んでいました。 南米に住むようになったのは 30 歳を超えてからですが、そうなるとだんだん、知らない人からセニョーラと呼ばれるかセニョリータと呼ばれるかを気にするようになりました。 これは、既婚か独身かではなく、若く見られているのか、歳とって見られているのかを気にしていたわけです。 そうして歳を重ねるうちに、セニョリータと呼ばれる率とセニョーラと呼ばれる率が自然に反転していくんだろうと思っていたのですが、コロンビアでそれがくずれました。 コロンビアでは女性への敬称は、若くても年増でも「セニョーラ」です。 「セニョーラ」という言葉には敬意が含まれていて、呼び捨てには出来ない女性や初めて会った女性、通りで声をかける女

料理のきほん

親元を離れて大学に入って自炊を始めたので、それからずっともう何十年も料理をしていますが、一人暮らしの料理はテキトーだったので、本格的に少し手の込んだ料理を始めたのは子供が出来てからでしょうか。 それももう 20 年近くなりますが、最近になってごく基本的な料理のコツに気が付いて、目から鱗の心境です。 主婦の方なら当たり前のことかもしれませんが、働きながら料理をしている人なら、同じことをしているのではないでしょうか。 以前から、肉料理がどうしてもうまくいかない気がしていました。 どうもうまく中まで火が通らず、外側はうまく焼けても中は生焼けに近いという、よくあるパターンです。 最近コロナで休日も家にいることが多くなったので、バーベキューをするようになったのですが、なぜ外で調理して食べる肉は美味しいんだろうと思って、気が付きました。 バーベキューをする時は、ワインやビール(ないときはコカコーラ)と薬草につけた肉を、焼く前にしばらく屋外に出していますが、台所で調理する時は、冷蔵庫から出してすぐの肉を調理していたのです。 これだと特に中の方はまだ冷たいので、熱がうまく回るわけがありません。 焦げる焦げない、焼ける焼けないの問題ではなく、熱が全体に一様に回らないので、味そのものが外側と内側と違ってくるような気がします。 当地では鶏肉は冷蔵庫に入れてもすぐ傷んでしまうので、買い物は週に一度の私は、買ったらすぐに冷凍庫に入れて保存し、使う前日には冷蔵庫の方に回しておきます。 そして、解凍された肉を冷蔵庫から出してすぐ調理していたのですが、骨付きの鶏肉の場合は、冷凍庫から出して丸一日おいてもまだ骨まで凍っているようで、煮ても焼いても骨の周辺が赤いままで、味も何だか生臭いかんじです。 それで最近は週末の料理は、調理する前に肉を、外気の温度にもよりますが 1 時間くらい冷蔵庫の外に出しておきます。 そうすると上手く調理出来て、美味しいのですね。 これに気が付いてからは、肉だけでなく野菜も、しばらく冷蔵庫の外に出しておいてから調理するようになりました。 玉ねぎなどは、冷蔵庫から出して薄切りにして炒めても、どうも中まで甘みが出てこないようだったのが、室温にもどした玉ねぎは、透き通って茶色くなるとしっか

低空飛行

お天気が良くて気持ちの良い休日の朝、庭にマットレスを敷いて寝転んで、日光浴をするのが好きです。 朝、といっても休日なので遅めに起きて、 9 時か 10 時くらいからですが、そのくらいの時間だと少し暑くなってきて、夏にビーチで日光浴しているように、じっとり汗ばんできます。 先日、普段あまり陽にあたらないから両面を軽く焼こうと、まず仰向けに寝てその後うつ伏せになっていたら、ついウトウト。 ハッとして、もう一度表を陽に当てようと仰向けになって空をみて、ギョッとしました。 ハゲタカみたいな黒い大きな鳥が数匹、上空を旋回しています。 動かない私を見て死んでると思って、突撃する準備をしてたのでしょうか。 低空飛行になりかけたので、慌てて両手を大きく振って、生きていることを示しました。   低空飛行といえば、住んでいる住宅地で、かなりの低空飛行機でヘリコプターがババババっと轟音で飛んでいくことがあります。 これはコロンビアに住んでいた時にもよくあったのですが、麻薬犯罪組織を追跡する警察のヘリコプターのようです。   コロンビアでは数年前に、国家警察が米国ベル社のベル 407 を購入して主要都市に配置し、犯罪者逮捕に大きく貢献しています。 NY やロスでよく使われているヘリコプターで、上空から赤外線で人や動物の体温を感知して隠れている犯罪者も見つけられ、高性能の撮影機能で撮った様々なアングルの顔写真は、警察のデータベースにオンラインで送信されて、その場で身元も判明できるというハイテク仕様です。   渋滞がひどく救急車の走行もままならないような南米の都市では、こんなハイテク仕様でなくてもヘリコプターによる上空からの捜索は、地上のパトカーよりもずっと効果的です。 なので、轟音が聞こえると最初はびっくりしましたが、慣れると、「おっ、やってるな」と、頼もしい音に聞こえます。   もう 20 年以上前に、 2 年毎に立て続けに 3 回も、国会によるクーデターがあったエクアドルに住んでいました。 3 回目の時、平日の昼過ぎだったと思いますが、人通りや交通量が減ってシンとしたビジネス街のオフィスで仕事をしていたら、かなりの低空飛行でヘリコプターがババババっと、私がいたビルの真上を飛んでいく音が聞こえました。 びっくりして

悲しいマスク

コロナ禍が広まり始めた 3 月頃からマスク売り切れでどこでも買えなかったのですが、 4 月に外出自粛が始まってうちの会社もホームオフィスにしたので、空いた時間を利用して、殆ど着ていなかったシャツやパジャマのズボンを使って、 YouTube で見よう見まねマスクを手作りしてみました。   ミシンがないので手縫いですが、プリーツ入りで、しかも布だけではウィルスがブロックできるか不安だったので、二重にして中にマイクロファイバーのフキンをはさんで縫い上げるという、久し振りに洋裁をした私にとってはかなり手が込んだものです。 それを 4 枚作って毎日洗いながら使い回していたのですが、さすがにヘタってきた 6 月頃から、市場にもだんだんマスクが出回るようになりました。 ただ薬局やコンビニでは売っていないので、会社の出入りの業者や知り合いのつてで買ったり、フリマで買って宅配してもらったりですが、これだ、と思うものになかなか出会えません。   自分で作ったプリーツ入りのマスクは、一見小ぶりですが、広げると鼻もあごもちゃんとカバーして、それでいて顔にしっくり馴染んでいたのですが、売っているプリーツものは使い捨てばかりで高くつきそうです。 そこで、会社で使っている制服業者が、ナノファイバーのマスクの販売を始めたと連絡あったので、洗って使える立体マスクを買ってみました。   会社に配達してもらって早速つけてみたのですが、なんだか顔にしっくり馴染みません。   なにこれ、と思って鏡を見ると、鼻から口にかけてポコンとへっこんでるではないですか。 息をすると、更に口の部分がへこむのですが、鼻の部分を上から触って納得。 マスクと私の鼻の間にスキマができているのですね。   そうです。これは、鼻が高い西洋人仕様のマスクで、鼻が低い東洋人には不向きなようです。 鼻が高い西洋顔だったらきっと顔にぴったりフィットするんだろうなと思うと、何だか情けない気もしますが、鼻が高い西洋系よりも東洋人と似ているインディオ系が多いメキシコでは、たぶんこのマスクはあまり売れないのではないでしょうか。 写真のお姉さんは西洋人というより見るからにメキシコ人っぽいので、なんの疑いもなく買ったのですが。。。。   逆に西洋の白人が日本でマスクを買ったら、鼻が

ハンモックで堕ちる

メキシコでは首都ではなく地方都市に住んでいますが、メキシコは米国のようにアパートやマンションではなく殆どが戸建てに住んでおり、賃貸の場合はマンションの家賃の方が戸建てよりもずっと高いので、私も中南米に住むようになって初めて、戸建てに住んでいます。 閑静な住宅地で、家屋面積よりも少し広い庭があり、リビングダイニングから張り出したポーチの屋根を、 4 本の鉄柱が支えています。 その鉄柱の上の方に溶接してとりつけた頑丈そうなフックがあり、これはもうハンモックだわと、早速近所の公園に週末行商に来ているおじさんからハンモックを買って、吊る下げてみました。 ハンモックと言えば、もう 20 年以上も前にスペインに住んでいた時に友人と旅行したメキシコのカンクンで、レストランの客のテーブルを回る物売りの子供を思い出します。 その子は私たちに一生懸命ハンモックを売りつけようとしていたのですが、スペインではマンション住まいだったし、どう考えてもハンモックは使いそうにありません。 「残念だけど、うちには木がないからハンモックは使えないのよ。」というとその子は、日本人は皆金持ちだから、家に木の生えた庭がないなんて嘘にきまっている、と言う顔をしました。 当然です。メキシコでは、低所得層でも戸建てに住んでいて、ハンモックを吊る木はなくても、農村だったらその辺の木や、都市部でも公園にハンモックを持って行って木に吊るしています。 そして公園には必ず、ハンモック売りがいます。 「あなたの家には木がなくても、お父さんの家にはあるでしょ?」と、その子はしつこく言ってきたのですが、両親の家にも木はないというと、メキシコに旅行に来ているくらいだし金持ちだろうと思ったけど、何か事情があって貧乏なのかもしれないと、その子はむしろ憐れむような眼をして行ってしまいました。 ハンモックは私にとってはむしろ、そこで寝転ぶというよりも、絵になるインテリアアイテムの位置づけでした。 トロピカルビーチに旅行に行って泊るバンガロー風のホテルの部屋には、よくハンモックが吊ってあったのですが、手荷物やタオルや脱いだ服置きに使って、そこで寝転ぶことはありませんでした。 ハンモックで寝ると体が「く」の字になって寝心地が悪そうだし、乗り降りが大変そうだし、優雅な金持ちがハンモックで寝ている