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低空飛行

お天気が良くて気持ちの良い休日の朝、庭にマットレスを敷いて寝転んで、日光浴をするのが好きです。

朝、といっても休日なので遅めに起きて、9時か10時くらいからですが、そのくらいの時間だと少し暑くなってきて、夏にビーチで日光浴しているように、じっとり汗ばんできます。

先日、普段あまり陽にあたらないから両面を軽く焼こうと、まず仰向けに寝てその後うつ伏せになっていたら、ついウトウト。

ハッとして、もう一度表を陽に当てようと仰向けになって空をみて、ギョッとしました。

ハゲタカみたいな黒い大きな鳥が数匹、上空を旋回しています。

動かない私を見て死んでると思って、突撃する準備をしてたのでしょうか。

低空飛行になりかけたので、慌てて両手を大きく振って、生きていることを示しました。

 

低空飛行といえば、住んでいる住宅地で、かなりの低空飛行機でヘリコプターがババババっと轟音で飛んでいくことがあります。

これはコロンビアに住んでいた時にもよくあったのですが、麻薬犯罪組織を追跡する警察のヘリコプターのようです。

 

コロンビアでは数年前に、国家警察が米国ベル社のベル407を購入して主要都市に配置し、犯罪者逮捕に大きく貢献しています。

NYやロスでよく使われているヘリコプターで、上空から赤外線で人や動物の体温を感知して隠れている犯罪者も見つけられ、高性能の撮影機能で撮った様々なアングルの顔写真は、警察のデータベースにオンラインで送信されて、その場で身元も判明できるというハイテク仕様です。

 

渋滞がひどく救急車の走行もままならないような南米の都市では、こんなハイテク仕様でなくてもヘリコプターによる上空からの捜索は、地上のパトカーよりもずっと効果的です。

なので、轟音が聞こえると最初はびっくりしましたが、慣れると、「おっ、やってるな」と、頼もしい音に聞こえます。

 

もう20年以上前に、2年毎に立て続けに3回も、国会によるクーデターがあったエクアドルに住んでいました。

3回目の時、平日の昼過ぎだったと思いますが、人通りや交通量が減ってシンとしたビジネス街のオフィスで仕事をしていたら、かなりの低空飛行でヘリコプターがババババっと、私がいたビルの真上を飛んでいく音が聞こえました。

びっくりして窓から外を見たら、ビルすれすれの高さで、見るからに慌てふためいてヨロヨロ空港の方に向かうヘリコプターが見えました。

後でわかったのですが、大統領府からヘリコプターで脱出して、亡命の為に空港に向かう大統領だったようです。

ヘリコプターの準備も操縦士の準備もしていなかったでしょうから、へたしたら素人が操縦していたかもしれないような、危ない低空飛行でした。

 

チリで勤めていた会社で森林認証をとるプロセスで、FAO(国連食糧農業機関)に勤めていたチリ人の審査官が来たことがあります。

彼はよく仕事でアフリカに行っていたらしいのですが、アフリカでヘリコプターで地方を移動すると、比較的低空を飛行していたヘリが、急に上空に昇ることがよくあるそうです。

なぜなのか操縦士に聞いたら、下から銃で発砲してくる村落があるので、そういう地区を通過するときは、低空飛行だと危ないからだとか。

上に昇ったり下がったりの、ヘリ酔いに耐えながらの移動だったと言っていました。


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