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料理のきほん



親元を離れて大学に入って自炊を始めたので、それからずっともう何十年も料理をしていますが、一人暮らしの料理はテキトーだったので、本格的に少し手の込んだ料理を始めたのは子供が出来てからでしょうか。
それももう20年近くなりますが、最近になってごく基本的な料理のコツに気が付いて、目から鱗の心境です。

主婦の方なら当たり前のことかもしれませんが、働きながら料理をしている人なら、同じことをしているのではないでしょうか。

以前から、肉料理がどうしてもうまくいかない気がしていました。
どうもうまく中まで火が通らず、外側はうまく焼けても中は生焼けに近いという、よくあるパターンです。
最近コロナで休日も家にいることが多くなったので、バーベキューをするようになったのですが、なぜ外で調理して食べる肉は美味しいんだろうと思って、気が付きました。

バーベキューをする時は、ワインやビール(ないときはコカコーラ)と薬草につけた肉を、焼く前にしばらく屋外に出していますが、台所で調理する時は、冷蔵庫から出してすぐの肉を調理していたのです。
これだと特に中の方はまだ冷たいので、熱がうまく回るわけがありません。
焦げる焦げない、焼ける焼けないの問題ではなく、熱が全体に一様に回らないので、味そのものが外側と内側と違ってくるような気がします。

当地では鶏肉は冷蔵庫に入れてもすぐ傷んでしまうので、買い物は週に一度の私は、買ったらすぐに冷凍庫に入れて保存し、使う前日には冷蔵庫の方に回しておきます。
そして、解凍された肉を冷蔵庫から出してすぐ調理していたのですが、骨付きの鶏肉の場合は、冷凍庫から出して丸一日おいてもまだ骨まで凍っているようで、煮ても焼いても骨の周辺が赤いままで、味も何だか生臭いかんじです。

それで最近は週末の料理は、調理する前に肉を、外気の温度にもよりますが1時間くらい冷蔵庫の外に出しておきます。
そうすると上手く調理出来て、美味しいのですね。

これに気が付いてからは、肉だけでなく野菜も、しばらく冷蔵庫の外に出しておいてから調理するようになりました。
玉ねぎなどは、冷蔵庫から出して薄切りにして炒めても、どうも中まで甘みが出てこないようだったのが、室温にもどした玉ねぎは、透き通って茶色くなるとしっかり甘みも出てくるようです。
人参もジャガイモも、大きく切っても、内側と外側と同じ煮具合の同じ味になるようです。

これに凝りだして最近は、休日のブランチの目玉焼きの卵も、1時間以上外に出して使います。
さっと全体が温まっていい感じの仕上がり、と思うのはもしかしたら気のせいかもしれませんが、考えてみればこれが一番自然な調理なのではないでしょうか。
冷蔵庫が出来て生活は楽になった分、ひとは何か大事なものを失ったのかもしれません。

本当は朝に、冷凍の流通チェーンを通っていない、畑で採れたての野菜やさばいたばかりの肉を室温で陳列している市場で買って、昼にそれをそのまま調理するのが、一番贅沢な気がします。

リゾート地では、ホテルのレストランよりもストリートフードや村の食堂の方が全然美味しいのは、この為なのではないでしょうか。


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