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ハンモックで堕ちる

メキシコでは首都ではなく地方都市に住んでいますが、メキシコは米国のようにアパートやマンションではなく殆どが戸建てに住んでおり、賃貸の場合はマンションの家賃の方が戸建てよりもずっと高いので、私も中南米に住むようになって初めて、戸建てに住んでいます。

閑静な住宅地で、家屋面積よりも少し広い庭があり、リビングダイニングから張り出したポーチの屋根を、4本の鉄柱が支えています。
その鉄柱の上の方に溶接してとりつけた頑丈そうなフックがあり、これはもうハンモックだわと、早速近所の公園に週末行商に来ているおじさんからハンモックを買って、吊る下げてみました。

ハンモックと言えば、もう20年以上も前にスペインに住んでいた時に友人と旅行したメキシコのカンクンで、レストランの客のテーブルを回る物売りの子供を思い出します。
その子は私たちに一生懸命ハンモックを売りつけようとしていたのですが、スペインではマンション住まいだったし、どう考えてもハンモックは使いそうにありません。
「残念だけど、うちには木がないからハンモックは使えないのよ。」というとその子は、日本人は皆金持ちだから、家に木の生えた庭がないなんて嘘にきまっている、と言う顔をしました。

当然です。メキシコでは、低所得層でも戸建てに住んでいて、ハンモックを吊る木はなくても、農村だったらその辺の木や、都市部でも公園にハンモックを持って行って木に吊るしています。
そして公園には必ず、ハンモック売りがいます。
「あなたの家には木がなくても、お父さんの家にはあるでしょ?」と、その子はしつこく言ってきたのですが、両親の家にも木はないというと、メキシコに旅行に来ているくらいだし金持ちだろうと思ったけど、何か事情があって貧乏なのかもしれないと、その子はむしろ憐れむような眼をして行ってしまいました。

ハンモックは私にとってはむしろ、そこで寝転ぶというよりも、絵になるインテリアアイテムの位置づけでした。
トロピカルビーチに旅行に行って泊るバンガロー風のホテルの部屋には、よくハンモックが吊ってあったのですが、手荷物やタオルや脱いだ服置きに使って、そこで寝転ぶことはありませんでした。
ハンモックで寝ると体が「く」の字になって寝心地が悪そうだし、乗り降りが大変そうだし、優雅な金持ちがハンモックで寝ているイメージよりも、貧しい漁民が海辺のパーム林で一日中寝ているイメージがあったからです。

なので今住んでいる家のポーチにハンモックを吊ったのも、メキシコの雰囲気を出すインテリアデザインのためで、そこで寝転ぼうとは思っていませんでした。
ただ時々ブランコのようにブラブラ座っていただけなのですが、ある日息子から、ハンモックに寝たいんだったら、ハンモックの中で平行に真っ直ぐではなく、斜めに寝ないと背中を痛めると教わりました。
息子はコロンビアに住んでいた時に通っていた中学の修学旅行で、南米大陸最北端の砂漠地域に行って、毎晩ハンモックで寝ていたのですが、その時に地元のガイドから教わったのだそうです。

それでものは試しにと、おそるおそる斜めに寝転がってみたのですが、あらいやだ、思ったよりもずっと快適なのです。
最初、体の重みでハンモックと吊っている紐が切れて落ちないかとおっかなびっくりだったのですが、紐の結び目はびくともしていないようなので、寝転がったまま手の届くところにある木を片手で押してハンモックをブランコのようにブラブラ動かすと、揺りかごのような快適さが更に増します。

ハンモックで寝ると体が不自然に曲がるという先入観があったのですが、平面で寝るよりも、体の力を抜きやすいことも発見しました。頭の先からつま先まで、体のあらゆる部分の力をだらしなく抜いてブラブラ揺れていると、あっという間に寝入ってしまうこともある程で、今ではベッドで寝る姿勢の方が不自然とすら思えます。

天気が良くて暑い日(そういう日の方が多いですが)は、ちょっと暇になるとハンモックで休むようになってしまったのですが、ハンモックは人間をダメにする、だからハンモックで寝る金持ちはいなくて、ハンモックで寝ているのは貧乏な漁民だけなんだわとか、そういえばハンモックで寝るのは男性が多くて女性はあまり見たことがないなぁとか、貧乏な漁村では女性は炊き出しや掃除で忙しいからかなぁとかとか、ウトウトしながら考えてたりしています。

ハンモックに堕ちるのは週末だけにするようにしていますが、やらなければやらないことを全部すませてからハンモックに寝転がるように、自分を戒めています。




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