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消えたプロポリスと、クリスマス前の野菜

 「今日の収穫と、ラテンの帽子イロイロ」のところで書いた、8月にスーパーで見つけたマヤ産のプロポリスが、先々週くらいから影も形もありません。いずれなくなるだろうと予想していたので、毎週スーパーに行くたびにチェックしていたのですが、いつも15個くらい並んでいました。あるうちに買いだめしておいた方がいいかなぁとは思いつつ、いつも減りが少ないので、買っている人はあまりいないだろうと安心していたのですが、ある日突然、残っていた分まですっかり消えてしまいました。プロポリスと一緒に売られていた、同じメーカーの蜂蜜も、なくなっています。

 

いつも置いてあった棚とその周辺だけでなく、別の通路の方まで見に行ったのですが、見つかりませんでした。朝早く行ったので、商品を棚に並べていた店員さんに聞いてみましたが、知らないとのこと。がっかりです。せめて、売れ残っていた分くらい残してくれればよいものを、全部撤去されていました。売れ残りは、メーカーさんに引き取ってもらったのでしょうか、別のお店に転売したのでしょうか。なのでまた、自然食品のお店で買う安いプロポリス復活ですが、こちらのプロポリスもある日突然品切れになることがあります。ある時に多めに買ってあったので、今とりあえず5本ありますが、3本くらいになったらまた5本くらい買っておかないと、と思っています。

 

プロポリスとは関係ないのですが、また、なくなる訳ではないのですが、エクアドルに住んでいた時に、市場で買うジャガイモやニンジンなどが、この時期、クリスマスに近づくにつれてだんだんサイズが小さくなるのに気が付いたことがあります。エクアドルは四季がなく一年中同じ気温で雨が降るか降らないかので、旬とかそういうのではないだろうと思っていたのですが、ある日ああそうかと思ったことがあります。

エクアドルでは、ホームケア製品やパーソナルケア製品、その他雑貨類はスーパーで買って、野菜や肉などの生鮮食料品は、市場で買っていました。

こんな感じの市場です。

スーパーで売っている、農薬を使って大量生産されているような、どれも同じ大きさの野菜よりも、形はいびつでも収穫したてで美味しい気がしていたからなのですが、クリスマスが近づくにつれて売られている野菜のサイズが小さくなるのは、そういう市場の野菜でした。ある日、駐車場に面している市場の裏口で、インディオ系のおばさんが大勢、野菜を背負って売りに来ていました。それを見て、ああ、クリスマス前は物入りでお金がいるので、通常の収穫時期を待たずに、早めに収穫して換金しているんじゃないかと、思ったわけです。

こちらのクリスマスは、日本の大晦日やお正月と同じでお金が要ります。メキシコでは、1215日までに、最低でも日給の15日分のクリスマス手当を従業員に支払うことが労働法で義務付けられていますし、クリスマス前はひったくりとか泥棒などの犯罪も増えるので、いつもより注意する必要もあります。

サイズが小さくなっても、エクアドルの市場の野菜はやっぱりおいしかった記憶があります。今時は、オーガニックものや無農薬野菜はむしろ値段が高いのですが、変な表現ですが、エクアドルの小農民が作る野菜は自然のオーガニックだったのですね。ちなみに今住んでいるメキシコでもそういう市場はあるのですが、いかにも治安や衛生状態が悪そうな界隈にあるので、行く勇気がありません。

エクアドルの市場では、運がよければこんなタペストリーも買えます。


 

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